終了です。

主を礼拝する49日間いかがでしたか?
これかも礼拝がライフスタイルになるようにお祈りいたします。

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第49日目 私たちに命を与えるキリスト(第7週目)

みことばの学び ガラテヤ2:19-21、エペソ3:19b(暗誦聖句:ヤコブ1:27
[ガラテヤ]
2:19 しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。
2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
2:21 私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」

[エペソ]
3:19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。


M1.
①信仰をライフスタイルとして実行していますか?主との会話を片時も逃さず継続していきましょう。


M2.
①パウロがキリストを受け入れた時、何が起こりましたか?(ガラテヤ2:19)

②誰が私たちの中に本当に生きておられるのですか?私たちはどのようにして、そのような生き方を送ることができるのですか?(ガラテヤ2:20-21)

③神の教会に対するパウロの祈りは何ですか?(エペソ3:19b)


M3.
①どのようにガラテヤ2:19-20を実行できるか見つけ出しましょう。


M4.
①きょうあなたが新たに学んだことを熱心にシェアーしましょう。
 a.家族に            b.セルグループのメンバーに


【教え】
 私たちがもっと、キリストに渇望し、キリストと親密に生きるなら、結果的に人生のハイレベルに達することができるでしょう。最終的に、キリストご自身が、私たちの内に生きてくださるでしょう。主権の交換が起こり、キリストご自身が私たちを完全に導いてくださるでしょう。そのとき、私たちは親密さのハイレベルに達します。この親密さは自動的に起こります。なぜなら、私たちはキリストと1つになったからです。このレベルのとき、私たちが人生の最も高いレベルを経験するでしょう。私たちはキリストがヨハネ10:10で言われた「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです」を経験するでしょう。この節の「いのち」はギリシヤ語では、ゾーエーと呼ばれています。ゾーエーは、主にだけ属するいのちです。このようないのちを豊かに持つことを想像してみてください。私たちは「豊かないのち」と呼ばれるものを経験することができるのです。巨大で力あるいのちです。そのようないのちを渇望してください。準備は良いですか?神様のみことばを通して、得たすべての真理を実行することを忘れないでください。

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第48日目 あなたの体をもって主の栄光を現せ(第7週目)

みことばの学び Ⅰコリント6:12-20(暗誦聖句:ヤコブ1:27
6:12 すべてのことが私には許されたことです。しかし、すべてが益になるわけではありません。私にはすべてのことが許されています。しかし、私はどんなことにも支配されはしません。
6:13 食物は腹のためにあり、腹は食物のためにあります。ところが神は、そのどちらをも滅ぼされます。からだは不品行のためにあるのではなく、主のためであり、主はからだのためです。
6:14 神は主をよみがえらせましたが、その御力によって私たちをもよみがえらせてくださいます。
6:15 あなたがたのからだはキリストのからだの一部であることを、知らないのですか。キリストのからだを取って遊女のからだとするのですか。そんなことは絶対に許されません。
6:16 遊女と交われば、一つからだになることを知らないのですか。「ふたりの者は一心同体となる。」と言われているからです。
6:17 しかし、主と交われば、一つ霊となるのです。
6:18 不品行を避けなさい。人が犯す罪はすべて、からだの外のものです。しかし、不品行を行なう者は、自分のからだに対して罪を犯すのです。
6:19 あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。
6:20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。


M1.
①信仰生活とは礼拝のライフスタイルであり、単なる活動やプログラムではないことを覚えましょう。あなたは本当の信仰生活を実践していますか。 


M2.
①彼らが自分たちの体にしたことに対するパウロのアドバイスから、私たちはどんなことを知ることができますか?(12 -13b)

②私たちの体は何のために創られましたか?(13b-14a、19-20a)

③もし私たちの体が聖霊の宮であるならば、私たちは何をすべきですか?(15-18、20b)


M3.
①私たちの体で、どのように神様を絶え間なく礼拝できるでしょう?私たちの体で神様の栄光を現すためになすべこととは何ですか?


M4.
①この箇所から受けた大きな恵みをだれに分かち合いますか?


【教え】
パウロがいた時代、ギリシヤ人は、グノーシス主義の哲学的な教えの影響を受けて、霊は聖いが、肉体は何か聖くないものであるかのように見なしていました。そういう理由から、コリント教会の人たちは、肉体とは肉欲を満たす場所であると考えていたのです。彼らは、さらに肉体はフリーセックスと食べて飲むパーティーのために創られたと思っていました。そのためにパウロは、肉体は聖霊の宮であり、神の栄光のために用いられるべきことを説明しなければなりませんでした。もし、聖霊が宿っている宮を、姦淫や野蛮なパーティーのために使うなら、それは神様に対して罪を犯すことになります。彼らの肉体は、もはや彼ら自身のものではなく、聖霊のものです。主に対してこれ以上、礼拝をささげないなら何が起こるでしょう。思い出してください、男性は創造主を礼拝する者です。もし、男性が創造主を礼拝しないなら、他の何かを礼拝しなければなりません。最終的に、男性は自分が想像した、イマジネーションを礼拝し始めるでしょう。彼がそれらのものを礼拝し始めたなら、肉的な欲望が内側から生まれてくるでしょう。そして、彼は罪に陥ってしまうでしょう。解決法は何でしょうか?聖霊の宮である私たちの肉体の中で、24時間礼拝を捧げるべきです。片時も逃さず、継続的に神様を礼拝すべきです。

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第47日目 共同体の礼拝(第7週目)

みことばの学び ヘブル10:23-26、39(暗誦聖句:ヤコブ1:27
10:23 約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。
10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。
10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。
10:26 もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪のためのいけにえは、もはや残されていません。
10:39 私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。


M1.
①きょう、あなたが瞑想する真理が理解できるように祈りましょう。


M2.
①神様が私たちに与えておられる厳しい注意とは何ですか?(25b) それらの注意を聞かないとき、何が起こるでしょうか?(26)

②私たちがもはや罪によって縛られないために、私たちが持つべき習慣とは何ですか?(24-25)

③私たちの大祭司はどんなお方ですか?また、私たちのなすべき分は何ですか?(23、24)


M3.
①24-25節の内容を家族やセルグループにどのように適用しますか?


M4.
①きょうのディボーションで受けた祝福を少なくとも一人にシェアーしましょう。


【教え】
私たちは礼拝において、バランスを持つべきです。個人的な礼拝もありますし、共同体の礼拝もあります。共同体の礼拝は個人を強くするでしょう。また同時に、個人の礼拝は共同体の礼拝を強くするでしょう。双方の礼拝は、互いに影響しあっています。二つの礼拝は同じくらい大切です。共同体の礼拝は個人の礼拝を強めるために助けとなるでしょう。
たとえば、私たちが行うすべてのことにおいて説明責任を求めたり、ディボーションをすることを悟らせてくれるグループ(共同体)がいなければ、ディボーションの時間を継続的に持つことは難しいでしょう。心理学者は「人が他の人に対して説明責任を負わなければ、その人は自分自身に責任を取らないだろう」と言いました。あなたは成熟したいですか?説明責任を取ることを学びましょう。成熟度は年齢によってではなく、責任を取ることによって決まるのです。共同体の集まりは私たちを整えてくれるでしょう。個人の礼拝では、訓練を受けることはできません。共同体の礼拝を通して、神様はご自身のことばの富をもって、私たちを信頼するでしょう(コロサイ3:16)。私たちが共同体の中でディスカッションするとき、すべての知恵を受けるでしょう。

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第46日目 あなたの個人的な礼拝(第7週目)

みことばの学び ヘブル10:19-22(暗誦聖句:ヤコブ1:27
10:19 こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。
10:20 イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。
10:21 また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。
10:22 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。

M1.
①あなたは反応的親密さと積極的親密さを実行していますか?主と自動的に親密になれるまで、それらのことを続けて行きましょう。


M2.
①私たちの弱さに対して、保証となるのはだれですか?

②私たちが神様とお会いできるために、私たちの大祭司であられるイエス様は何をして下さったのですか?(20)  私たちはどのように神様とお会いできるのですか?(19節) イエス様は私たちにどんな保証を与えて下さいましたか?

③神様に近づくための鍵は何ですか?(22)


M3.
①私たちはどのように22節を実行しますか?


M4.
①きょう受けた恵みをだれにシェアーしますか?


【教え】
礼拝の鍵とは、それを行う方法や活動(プログラム)にあるのではなく、神様と出会うかどうかです。神様と出会うのは、個人であっても集団であっても、礼拝では自然なことです。神様と確かにお会いできる保証とは何でしょうか?私たちの大祭司がご自身の血によって私たちの罪を聖めてくださったので、私たちは神様に確かにお会いできるでしょう。私たちの大祭司は私たちの罪を贖うために必要なすべてのことを成し遂げられました。私たちのなすべき分は何でしょうか?私たちのなすべき分は、大祭司が私たちのために代価を払ったことを考え,そして信じることです。ハレルヤ!私たちはどこでも、どんな状態であっても、父なる神様と親しくなれるのです。私たちの行いで神様に近づくことのないように覚えておきましょう。私たちの親切や良さを土台にして、神様に近づかないように。私たちは、天において神の御前で、ご自身の血をささげ、一回で永遠に全うされた大祭司のゆえに神に近づきましょう。それゆえ、障害になるのは私たちの良心だけである。私たちの良心が私たちを咎めないようにするため、罪を告白することによって、一切の咎めを投げ捨てましょう。そして、父なる神様の臨在を喜びましょう。

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第45日目 利得のためではなく、キリストのようになる(第7週目)

みことばの学び Ⅰテモテ6:2b-10(暗誦聖句:ヤコブ1:27
6:2 信者である主人を持つ人は、主人が兄弟だからといって軽く見ず、むしろ、ますますよく仕えなさい。なぜなら、その良い奉仕から益を受けるのは信者であり、愛されている人だからです。あなたは、これらのことを教え、また勧めなさい。
6:3 違ったことを教え、私たちの主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、
6:4 その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気にかかっているのです。そこから、ねたみ、争い、そしり、悪意の疑りが生じ、
6:5 また、知性が腐ってしまって真理を失った人々、すなわち敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです。
6:6 しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。
6:7 私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。
6:8 衣食があれば、それで満足すべきです。
6:9 金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。
6:10 金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。


M1.
①きょう学ぼうとしているみことばに対する、知恵と理解力が得られえるように祈りましょう。


M2.
①クリスチャンとして、どのような教えに焦点を合わせるべきでしょう?(2b-3)

②もし、教会の教えがそのことに焦点を合わせないなら、どのような結果になるでしょうか?(4-10)

③「私たちの主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教え」とは、どういう意味ですか?イエス様の教えの箇所を読みましょう。


M3.
①イエス様の教え(マタイ5-7章)を瞑想しましょう。私たちがまだ実行していない教えを見つけ出しましょう。今からその教えを実行しましょう。


M4.
①あなたがこの本の内容を、ライフスタイルとして1日も欠かさず実行したことによって、変えられたことを他の人にも分かち合いましょう。


【教え】
なぜ多くの高慢なクリスチャンが、他の人を傷つけたがるのでしょう。すべての原因は、彼らが受けている教えが、イエス様の教え(みことば)ではないからです。その教えは、使徒の教えと呼ばれています。初代教会は最初の約50年間、使徒によって継承されたイエス様のことばに、完全に焦点を合わせていました。イエス様の教えとは何でしょうか?イエス様は3年半、使徒たちにそれらの教えを教えられました。キリストの教えのアウトラインは、マタイ5章から7章で得ることができます。たとえば、クリスチャンの生活の基礎はマタイ7:24-27にあります。もし、私たちがそれらの教えに従うなら、私たちは岩の上に建てられた家に似るでしょう。パウロはキリストの教えに従うことが本当の宗教であると言及しています。それゆえに、キリストの教えに従う宗教は、父のイメージであるキリストのように成長することに傾いていくでしょう。現代においては、宗教の焦点が移動しています。たくさんの人たちが、利得のために宗教に結びついています。多くの人たちは利得を得て、金持ちになる動機から宗教に参加しています。富は私たちの宗教に焦点を当てさせることはできません。力ある宗教(信仰)は、キリストの教え(マタイ5-7章)に従いたいと願う姿勢から始まります。イエス様のようになりたいですか?

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第44日目 助けを必要としている人に焦点を当てる(第7週目)

みことばの学び ヤコブ1:27;ヘブル13:10-16(暗誦聖句:ヤコブ1:27
[ヤコブ]
1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。

[ヘブル]
13:10 私たちには一つの祭壇があります。幕屋で仕える者たちには、この祭壇から食べる権利がありません。
13:11 動物の血は、罪のための供え物として、大祭司によって聖所の中まで持って行かれますが、からだは宿営の外で焼かれるからです。
13:12 ですから、イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました。
13:13 ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。
13:14 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。
13:15 ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。
13:16 善を行なうことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。


M1.
①私たちは神の神殿です。神の神殿の中で、1日24時間礼拝をすべきです。それを実践しましょう。


M2.
①罪がきよめられるために焼かれる供え物(キリストのイメージを反映)はどこにありましたか?(ヘブル13:10-12)。キリストに対する私たちの姿勢はどうあるべきですか?(ヘブル13:15-16)

②新約聖書と旧約聖書では、神様に近づく方法が異なります。新約聖書のやり方を見つけ出しましょう(ヘブル13:15-16)。

③きよくて汚れのない信仰のあり方とは何ですか?(ヤコブ1:27)


M3.
①ヘブル13:15-16とヤコブ1:27を実際にやってみましょう。


M4.
①あなたが受けた信仰的な恵みをだれか必要を覚えている人に分かち合いましょう。


【教え】
本当の信仰生活の目的は、私たちの中心に神様を据えることと他の人に仕えることです。堕落後、人間は自分たちの中心に自我を据えて生きるようになりました。それゆえ、キリストは私たちの模範となるために来られたのです。供え物(子羊)が宿営の外(エルサレムの外)で焼かれるという旧約聖書をキリストは成就しました。キリストの命は、私たちの罪を贖うために、神のために特別に聖別されました。だから、人が自分の信仰のために生きたいならば、キリストが苦しみを受けられたように、自分も苦しみを受けたいという姿勢が必要です。私たちは自分たちの血によって、罪の代価が支払われるために祈るのではなく、キリストと同じ姿勢を持つべきであって、宿営の外で迫害の苦しみを受ける必要があります。この意味は、この世から拒絶されることをいとわないで、主の前に聖い、生きた供え物となるという姿勢を持つということです(ローマ12:1)。神様のための犠牲(死)となることは、私たちの生活が死に対して挑戦することなのです。祭司として、私たちがどのような犠牲になることを神様は求めるのでしょうか?神様は、神様の神殿(私たちの生活)の中において、私たちの供え物を絶えず求めておられます。それでは、私たちの信仰生活で必要とされる重要な次の姿勢は何でしょうか。良い行いの供え物と与える供え物によって、他の人を助けることです。私たちはだれに注意を払うべきなのでしょうか?それは、希望のない見捨てられた人たちです。みなしごややもめたちです。

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第43日目 この世から自分自身の潔白さを保つ(第7週目)

みことばの学び ヤコブ1:27b;ユダ1:17,23(暗誦聖句:ヤコブ1:27
[ヤコブ]
1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。

[ユダ]
1:17 愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。
1:23 火の中からつかみ出して救い、またある人々を、恐れを感じながらあわれみ、肉によって汚されたその下着さえも忌みきらいなさい。


M1.
①私たちは今も、「反応的親密さ」(問題を通して)と「受身的親密さ」を実行しています。主と会話を通して親しく交わり続けましょう。


M2.
①終わりの時を考えて、使徒が警告していることは何ですか。(ユダ1:17-18) なぜ、私たちはこのようなタイプの人々に対し、自分たちを守る必要があるのですか。(ユダ19)

②どのようにして、そのような人々の影響から自分自身を守ることができるのでしょう。(ユダ1:20-23) 
(a)20       (b)21        (c)22        (d)23

③信仰生活の定義(意味)とは何ですか。(ヤコブ1:27b)


M3.
①ユダ1:20-23の内容を、バランスを取りながらどのように実行しますか。排他的にならないで、むしろ魂を勝ち取ることができるにようにしながら、どのようにこの世の汚染から自分たちを守ることができますか。


M4.
①あなたが受けた新しい理解を少なくとも一人に、シェアーしましょう。


【教え】
罪深い欲望は私たちの霊的な衣を汚染します。神様はそのために、私たちが見張って、そのような否定的な影響から自分たちを守るように諭しているのです。罪深い欲望が自分たちを支配することを許す人たちは、父との親しい関係を少しずつ失うでしょう。私たちがこの世を愛するならば、父の愛は私たちの内にはありません(Ⅰヨハネ2:15)。罪深い欲望は、私たちが自分の想像を許した偶像礼拝から生じます。私たちが悪い想像を礼拝すればするほど、罪深い力も増してきます。ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです(コロサイ3:5)。
不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりは偶像礼拝です。それらのすべてが罪であるなら、どのような解決があるのでしょうか。それらの偶像礼拝は、まことの神に向かって礼拝をすることによってでしか、取り除く方法は他にありません。不品行は、汚れた性的イメージを聖い神様(みことば)のイメージに置き換えて礼拝することによってのみ打ち負かすことができるのです。汚れとは、汚れた思いであり、それは堕落した想像から始まります。その想像は結局、不道徳な堕落した性的行為へと導くのです。そのような想像を純粋で聖い思いに置き換えましょう。情欲(悪い欲)は自分自身を礼拝することから来ています。そのような欲望は、他の人々を犠牲にして、自分を喜ばそうとします。この偶像礼拝を打ち負かす唯一の方法は、キリストの心を持つことであり、他の人々の祝福に常に焦点を当てる考え方です。キリストの心とはあなただけの利益を考えるのではなく、常にあなた自身よりも他の人々がもっと重要であるとみなすことです(ピリピ2:4-7)。むさぼりは物質的な世界に提供された喜びを礼拝することから来ています。私たちの想像から、偶像礼拝を取り除かなければ、勝利はありえないでしょう。

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第42日目 告白は私たちの信仰生活の有益な証拠である(第7週目)

みことばの学び ヤコブ1:25-26; 3:2-6(暗誦聖句:箴言4:20-22
[1]
1:25 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。
1:26 自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。

[3]
3:2 私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。
3:3 馬を御するために、くつわをその口にかけると、馬のからだ全体を引き回すことができます。
3:4 また、船を見なさい。あのように大きな物が、強い風に押されているときでも、ごく小さなかじによって、かじを取る人の思いどおりの所へ持って行かれるのです。
3:5 同様に、舌も小さな器官ですが、大きなことを言って誇るのです。ご覧なさい。あのように小さい火があのような大きい森を燃やします。
3:6 舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。



M1.
①きょうのみことばが理解できるように祈りましょう。


M2.
①敬虔になることは、神様の約束を真剣に見つめるということです。神様の法則はどのように私たちの人生を解放するのでしょうか。私たちは何をすべきなのでしょうか(ヤコブ1:25)。

②神様の約束を神のことばの反映のように見つめ、自分は宗教に熱心であると思っている人に必要なこととは何ですか(ヤコブ1:26)。

③私たちの舌に必要なものを見つけ出してください。なぜ、私たちは私たちの舌にくつわが必要なのですか(ヤコブ3:2-6)。


M3.
①あなたの敬虔さが失われないために、今週、あなたがディボーションで受け取った、神様の約束を告白する練習をしましょう。


M4.
①みことばを分かち合うこと(M4)は敬虔さの一部です。あなたが受けた真理をシェアーしましょう。 a.家族に  b.セルグループのメンバーに


【教え】
敬虔さはすべてのことのために有益です(Ⅰテモテ4:8)。敬虔に有益なものもあれば、しかしまた、敬虔に役に立たないものもあります。敬虔さが有効であるということの理由は、神様が私たちに啓示している約束だからです(出エジプト23:25-35)。それゆえ、敬虔さを通して、私たちは神様のたくさんの約束を見いだし、そしてそれを手に入れることができるのです。しかし、神様の約束を見つめ、それを発見している敬虔的な多くのクリスチャンでさえも、すぐその後で、自分たちの舌でそれらの約束を無効にしているのです。説教を聞いたあとや、良い本を読んだり、M4を行ったあとで、「私はキリストの御霊によって私は癒された」と興奮して言います。ところが、彼らは敬虔なことをした直後、痛みがさらにひどくなり、そして友人から「あなたの病気はどうですか」と聞かれます。彼はただちに、「そうですね、病気が回復するのは難しいですね。これから先、私の病気はもっと悪くなるでしょう」と答えます。その人に何が起こるのでしょうか。彼の舌が彼の宗教(信仰)をキャンセルしたのです(ヤコブ1:26)。そういう理由で、私たちの舌を守ることが大変重要なことなのです。神のことばに反するいかなることも言ってはいけません。語るときがあれば、神のことばにふさわしく語りなさい(Ⅰペテロ4:11)。このことを、しばしば、できる限り練習しましょう。私たちが告白する信仰のキリストを覚えていましょう。

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第41日目 私たちの告白を堅く保つ(第6週目)

みことばの学び ヘブル4:14;Ⅰペテロ4:11;エペソ4:29(暗誦聖句:箴言4:20-22
[ヘブル]
4:14 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。

[Ⅰペテロ]
4:11 語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。

[エペソ]
4:29 悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。


M1.
①あなたは神のことばを信仰の告白として、言っていますか。私たちの信仰の告白を通して、主と語りましょう。


M2.
①大祭司の働きとは何ですか。私たちはどのような大祭司を持っていますか。私たちが堅く持つべき最も大切なことは何ですか。(ヘブル4:14)

②どのように語るべきでしょうか。(Ⅰペテロ4:11a)

③私たちの口からどのようなことばを出すべきでしょうか。(エペソ4:29、ピリピ4:8)


M3.
①私たちの信仰の告白を堅く保つとはどういう意味ですか。私たちは一般に、どんな事柄に対して、私たちの信仰を堅く保たないのでしょうか。ここに書き出して悔い改め、あなたの告白を忠実に実践しましょう。


M4.
①あなたが受けたばかりの恵みをだれに分かち合いますか。


【教え】
私たちの信仰で、いつも弱くなるように思える事柄は何ですか。私たちは感情(感覚)で歩むとき、疑うようになり、神様の約束を見ようとしなくなります。感情は私たちを疑い深くさせる傾向があります。しかし、神のみことばは何と言っているでしょうか。私たちの信仰の告白を堅く持ちなさい。十字架で成し遂げられた私たちの大祭司キリストに対して、私たちがどんなことでも信仰の告白を堅く保つならば、神様が力強く働いてくださいます。癒しについて神様が言われていることを根気強く告白しましょう。

 ・もし、あなたが「彼は私たちの弱さと病を負ってくださった」と信じるなら、その告白をずっと長く堅く保ちましょう。
 ・もし、私たちが「あなたの中におられる御霊が、この世の霊よりも大きい」と信じるなら、その告白をずっと長く堅く保ちましょう。

キリストの働きに対して堅く保ちなさい。もし私たちが堅く保つならば、キリストの働きが起こるでしょう。なぜなら、キリストはすべてのことを成し遂げ、代価を払ってくださったからです。もし、私たちがみことばのとおり告白するならば、私たちの大祭司は行動を起してくださるでしょう。さらに、私たちがどんなことでも、みことばに反するようなことを告白するならば、そのことも起こるでしょう。その場合、そのことが起こるためにサタンが招かれるでしょう。

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