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第44日目 助けを必要としている人に焦点を当てる(第7週目)

みことばの学び ヤコブ1:27;ヘブル13:10-16(暗誦聖句:ヤコブ1:27
[ヤコブ]
1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。

[ヘブル]
13:10 私たちには一つの祭壇があります。幕屋で仕える者たちには、この祭壇から食べる権利がありません。
13:11 動物の血は、罪のための供え物として、大祭司によって聖所の中まで持って行かれますが、からだは宿営の外で焼かれるからです。
13:12 ですから、イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました。
13:13 ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。
13:14 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。
13:15 ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。
13:16 善を行なうことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。


M1.
①私たちは神の神殿です。神の神殿の中で、1日24時間礼拝をすべきです。それを実践しましょう。


M2.
①罪がきよめられるために焼かれる供え物(キリストのイメージを反映)はどこにありましたか?(ヘブル13:10-12)。キリストに対する私たちの姿勢はどうあるべきですか?(ヘブル13:15-16)

②新約聖書と旧約聖書では、神様に近づく方法が異なります。新約聖書のやり方を見つけ出しましょう(ヘブル13:15-16)。

③きよくて汚れのない信仰のあり方とは何ですか?(ヤコブ1:27)


M3.
①ヘブル13:15-16とヤコブ1:27を実際にやってみましょう。


M4.
①あなたが受けた信仰的な恵みをだれか必要を覚えている人に分かち合いましょう。


【教え】
本当の信仰生活の目的は、私たちの中心に神様を据えることと他の人に仕えることです。堕落後、人間は自分たちの中心に自我を据えて生きるようになりました。それゆえ、キリストは私たちの模範となるために来られたのです。供え物(子羊)が宿営の外(エルサレムの外)で焼かれるという旧約聖書をキリストは成就しました。キリストの命は、私たちの罪を贖うために、神のために特別に聖別されました。だから、人が自分の信仰のために生きたいならば、キリストが苦しみを受けられたように、自分も苦しみを受けたいという姿勢が必要です。私たちは自分たちの血によって、罪の代価が支払われるために祈るのではなく、キリストと同じ姿勢を持つべきであって、宿営の外で迫害の苦しみを受ける必要があります。この意味は、この世から拒絶されることをいとわないで、主の前に聖い、生きた供え物となるという姿勢を持つということです(ローマ12:1)。神様のための犠牲(死)となることは、私たちの生活が死に対して挑戦することなのです。祭司として、私たちがどのような犠牲になることを神様は求めるのでしょうか?神様は、神様の神殿(私たちの生活)の中において、私たちの供え物を絶えず求めておられます。それでは、私たちの信仰生活で必要とされる重要な次の姿勢は何でしょうか。良い行いの供え物と与える供え物によって、他の人を助けることです。私たちはだれに注意を払うべきなのでしょうか?それは、希望のない見捨てられた人たちです。みなしごややもめたちです。

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