ローマ

第20日目 御霊に導かれることが成長の鍵(第3週目)

みことばの学び ローマ8:13-16(暗誦聖句:Ⅰテサロニケ5:16-18
8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。
8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。
8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。
8:16 私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。


M1.
①御霊によって導かれることができるように、今、祈り始めましょう。


M2.
①私たちが神の子どもとなるとき、何を受けるのですか?(15)聖霊は私たちにどんな証をもたらしてくださるのですか?(16)

②御霊によって導かれるのはだれですか?(14)「教え」の欄を読んでください。

③もし私たちが聖霊によって導かれるなら、どのような結果になるのですか?もし私たちが肉によって導かれるならどのような結果になるのですか?


M3.
御霊によって導かれるとはどういう意味ですか?実際的なステップとは何ですか?「教え」の欄を読んでください。


M4.
この啓示と教えを必要としている人、一人に分かち合ってください。


【教え】
ローマ8:15-16に、人が新生したら、ただちに神の子ども(ギリシヤ語のテクノンとは、まだ子どものこと)になると説明されています。私たちが子どもになるだけではまだ十分ではありません。聖霊によって継続的に導かれる必要があります。聖霊がその人を継続的に導いていくなら、その人は神の子ども(ローマ8:14)になります。つまり、それは成熟した子ども(ギリシヤ語ではフィオス)です。だから、私たちは聖霊によって導かれることを学ばなければなりません。どのように、でしょうか?心配しないでください。恐れなくても大丈夫です。なぜなら、聖霊は私たちを導くと約束されたからです。実際的なステップとは何でしょう?聖霊の品性に従うことが鍵なのです。聖霊の品性は御霊の実の中に発見することができます。それは、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。そこには聖霊の9つの品性から出る声が私たちを導くという保証があります。もし、そうでないならばそれは聖霊の声ではありません。それゆえに、私たちは聖霊の声を認識して、従う必要があるのです。

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第8日目 礼拝するライフスタイルによって偶像礼拝に打ち勝つ(第2週目)

みことばの学び ローマ1:21-28(暗誦聖句:ローマ12:1-2

1:21 というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。
1:22 彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、
1:23 不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。
1:24 それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。
1:25 それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。
1:26 こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、
1:27 同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。
1:28 また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。

M1.
①個人的な祈り(異言)で、10分間、できるだけ継続的にしばしば祈りましょう。

M2.
①神を知っていながら、神をあがめない人には、どのようなことが起こりますか?(21-22)。

②人間は神をいつでも礼拝するために、神の宮として創造されました。人間の想像によって、どのようなものが礼拝されているか、見つけ出しましょう(23)。

③人間の想像による偶像礼拝から、どのような結果が生じましたか?(24-28)

M3.
①あなたが想像によって礼拝したものを書き出してみましょう。それを悔い改めましょう。主に罪を告白し、それらの想像を、神のみことばから来る神の想像に置き換えましょう。

M4.
①真理を求めている人に、最低1人に、このことをきょう分かち合いましょう。

【教え】
 ローマ1:22-28は未信者のために書かれたものですが、パウロは神を知らないで空しい心(想像)で歩んでいた人たち(エペソ4:17)のことを思い出せています。すべての罪は、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりという偶像礼拝(コロサイ3:5)に源を発しています。不品行と姦淫は、自分たちが礼拝している想像から始まります。彼らは神ご自身である神のみことばを想像しないで、官能的な女性や情欲的な情景を想像したり、考えています。彼らが抱く悪い欲望やむさぼりは、この世の喜びに関する想像と悪い行いの始まりです。彼らの想像が積み重ねられたとき、人は罪へと陥ります。私たちはどのように偶像礼拝に打ち勝つことができるでしょうか?悔い改めて、神を礼拝するだけです。私たちの心(思い)が攻撃を受けたときは、いつでもただちに、主を礼拝することに転換しましょう。

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