第49日目 私たちに命を与えるキリスト(第7週目)
みことばの学び ガラテヤ2:19-21、エペソ3:19b(暗誦聖句:ヤコブ1:27)
[ガラテヤ]
2:19 しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。
2:20 私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。
2:21 私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」
[エペソ]
3:19 人知をはるかに越えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。
M1.
①信仰をライフスタイルとして実行していますか?主との会話を片時も逃さず継続していきましょう。
M2.
①パウロがキリストを受け入れた時、何が起こりましたか?(ガラテヤ2:19)
②誰が私たちの中に本当に生きておられるのですか?私たちはどのようにして、そのような生き方を送ることができるのですか?(ガラテヤ2:20-21)
③神の教会に対するパウロの祈りは何ですか?(エペソ3:19b)
M3.
①どのようにガラテヤ2:19-20を実行できるか見つけ出しましょう。
M4.
①きょうあなたが新たに学んだことを熱心にシェアーしましょう。
a.家族に b.セルグループのメンバーに
【教え】
私たちがもっと、キリストに渇望し、キリストと親密に生きるなら、結果的に人生のハイレベルに達することができるでしょう。最終的に、キリストご自身が、私たちの内に生きてくださるでしょう。主権の交換が起こり、キリストご自身が私たちを完全に導いてくださるでしょう。そのとき、私たちは親密さのハイレベルに達します。この親密さは自動的に起こります。なぜなら、私たちはキリストと1つになったからです。このレベルのとき、私たちが人生の最も高いレベルを経験するでしょう。私たちはキリストがヨハネ10:10で言われた「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです」を経験するでしょう。この節の「いのち」はギリシヤ語では、ゾーエーと呼ばれています。ゾーエーは、主にだけ属するいのちです。このようないのちを豊かに持つことを想像してみてください。私たちは「豊かないのち」と呼ばれるものを経験することができるのです。巨大で力あるいのちです。そのようないのちを渇望してください。準備は良いですか?神様のみことばを通して、得たすべての真理を実行することを忘れないでください。
| 固定リンク
