ヘブル

第47日目 共同体の礼拝(第7週目)

みことばの学び ヘブル10:23-26、39(暗誦聖句:ヤコブ1:27
10:23 約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。
10:24 また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。
10:25 ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。
10:26 もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪のためのいけにえは、もはや残されていません。
10:39 私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。


M1.
①きょう、あなたが瞑想する真理が理解できるように祈りましょう。


M2.
①神様が私たちに与えておられる厳しい注意とは何ですか?(25b) それらの注意を聞かないとき、何が起こるでしょうか?(26)

②私たちがもはや罪によって縛られないために、私たちが持つべき習慣とは何ですか?(24-25)

③私たちの大祭司はどんなお方ですか?また、私たちのなすべき分は何ですか?(23、24)


M3.
①24-25節の内容を家族やセルグループにどのように適用しますか?


M4.
①きょうのディボーションで受けた祝福を少なくとも一人にシェアーしましょう。


【教え】
私たちは礼拝において、バランスを持つべきです。個人的な礼拝もありますし、共同体の礼拝もあります。共同体の礼拝は個人を強くするでしょう。また同時に、個人の礼拝は共同体の礼拝を強くするでしょう。双方の礼拝は、互いに影響しあっています。二つの礼拝は同じくらい大切です。共同体の礼拝は個人の礼拝を強めるために助けとなるでしょう。
たとえば、私たちが行うすべてのことにおいて説明責任を求めたり、ディボーションをすることを悟らせてくれるグループ(共同体)がいなければ、ディボーションの時間を継続的に持つことは難しいでしょう。心理学者は「人が他の人に対して説明責任を負わなければ、その人は自分自身に責任を取らないだろう」と言いました。あなたは成熟したいですか?説明責任を取ることを学びましょう。成熟度は年齢によってではなく、責任を取ることによって決まるのです。共同体の集まりは私たちを整えてくれるでしょう。個人の礼拝では、訓練を受けることはできません。共同体の礼拝を通して、神様はご自身のことばの富をもって、私たちを信頼するでしょう(コロサイ3:16)。私たちが共同体の中でディスカッションするとき、すべての知恵を受けるでしょう。

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第46日目 あなたの個人的な礼拝(第7週目)

みことばの学び ヘブル10:19-22(暗誦聖句:ヤコブ1:27
10:19 こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。
10:20 イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。
10:21 また、私たちには、神の家をつかさどる、この偉大な祭司があります。
10:22 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。

M1.
①あなたは反応的親密さと積極的親密さを実行していますか?主と自動的に親密になれるまで、それらのことを続けて行きましょう。


M2.
①私たちの弱さに対して、保証となるのはだれですか?

②私たちが神様とお会いできるために、私たちの大祭司であられるイエス様は何をして下さったのですか?(20)  私たちはどのように神様とお会いできるのですか?(19節) イエス様は私たちにどんな保証を与えて下さいましたか?

③神様に近づくための鍵は何ですか?(22)


M3.
①私たちはどのように22節を実行しますか?


M4.
①きょう受けた恵みをだれにシェアーしますか?


【教え】
礼拝の鍵とは、それを行う方法や活動(プログラム)にあるのではなく、神様と出会うかどうかです。神様と出会うのは、個人であっても集団であっても、礼拝では自然なことです。神様と確かにお会いできる保証とは何でしょうか?私たちの大祭司がご自身の血によって私たちの罪を聖めてくださったので、私たちは神様に確かにお会いできるでしょう。私たちの大祭司は私たちの罪を贖うために必要なすべてのことを成し遂げられました。私たちのなすべき分は何でしょうか?私たちのなすべき分は、大祭司が私たちのために代価を払ったことを考え,そして信じることです。ハレルヤ!私たちはどこでも、どんな状態であっても、父なる神様と親しくなれるのです。私たちの行いで神様に近づくことのないように覚えておきましょう。私たちの親切や良さを土台にして、神様に近づかないように。私たちは、天において神の御前で、ご自身の血をささげ、一回で永遠に全うされた大祭司のゆえに神に近づきましょう。それゆえ、障害になるのは私たちの良心だけである。私たちの良心が私たちを咎めないようにするため、罪を告白することによって、一切の咎めを投げ捨てましょう。そして、父なる神様の臨在を喜びましょう。

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第44日目 助けを必要としている人に焦点を当てる(第7週目)

みことばの学び ヤコブ1:27;ヘブル13:10-16(暗誦聖句:ヤコブ1:27
[ヤコブ]
1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。

[ヘブル]
13:10 私たちには一つの祭壇があります。幕屋で仕える者たちには、この祭壇から食べる権利がありません。
13:11 動物の血は、罪のための供え物として、大祭司によって聖所の中まで持って行かれますが、からだは宿営の外で焼かれるからです。
13:12 ですから、イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました。
13:13 ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。
13:14 私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。
13:15 ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。
13:16 善を行なうことと、持ち物を人に分けることとを怠ってはいけません。神はこのようないけにえを喜ばれるからです。


M1.
①私たちは神の神殿です。神の神殿の中で、1日24時間礼拝をすべきです。それを実践しましょう。


M2.
①罪がきよめられるために焼かれる供え物(キリストのイメージを反映)はどこにありましたか?(ヘブル13:10-12)。キリストに対する私たちの姿勢はどうあるべきですか?(ヘブル13:15-16)

②新約聖書と旧約聖書では、神様に近づく方法が異なります。新約聖書のやり方を見つけ出しましょう(ヘブル13:15-16)。

③きよくて汚れのない信仰のあり方とは何ですか?(ヤコブ1:27)


M3.
①ヘブル13:15-16とヤコブ1:27を実際にやってみましょう。


M4.
①あなたが受けた信仰的な恵みをだれか必要を覚えている人に分かち合いましょう。


【教え】
本当の信仰生活の目的は、私たちの中心に神様を据えることと他の人に仕えることです。堕落後、人間は自分たちの中心に自我を据えて生きるようになりました。それゆえ、キリストは私たちの模範となるために来られたのです。供え物(子羊)が宿営の外(エルサレムの外)で焼かれるという旧約聖書をキリストは成就しました。キリストの命は、私たちの罪を贖うために、神のために特別に聖別されました。だから、人が自分の信仰のために生きたいならば、キリストが苦しみを受けられたように、自分も苦しみを受けたいという姿勢が必要です。私たちは自分たちの血によって、罪の代価が支払われるために祈るのではなく、キリストと同じ姿勢を持つべきであって、宿営の外で迫害の苦しみを受ける必要があります。この意味は、この世から拒絶されることをいとわないで、主の前に聖い、生きた供え物となるという姿勢を持つということです(ローマ12:1)。神様のための犠牲(死)となることは、私たちの生活が死に対して挑戦することなのです。祭司として、私たちがどのような犠牲になることを神様は求めるのでしょうか?神様は、神様の神殿(私たちの生活)の中において、私たちの供え物を絶えず求めておられます。それでは、私たちの信仰生活で必要とされる重要な次の姿勢は何でしょうか。良い行いの供え物と与える供え物によって、他の人を助けることです。私たちはだれに注意を払うべきなのでしょうか?それは、希望のない見捨てられた人たちです。みなしごややもめたちです。

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第41日目 私たちの告白を堅く保つ(第6週目)

みことばの学び ヘブル4:14;Ⅰペテロ4:11;エペソ4:29(暗誦聖句:箴言4:20-22
[ヘブル]
4:14 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。

[Ⅰペテロ]
4:11 語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。

[エペソ]
4:29 悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。


M1.
①あなたは神のことばを信仰の告白として、言っていますか。私たちの信仰の告白を通して、主と語りましょう。


M2.
①大祭司の働きとは何ですか。私たちはどのような大祭司を持っていますか。私たちが堅く持つべき最も大切なことは何ですか。(ヘブル4:14)

②どのように語るべきでしょうか。(Ⅰペテロ4:11a)

③私たちの口からどのようなことばを出すべきでしょうか。(エペソ4:29、ピリピ4:8)


M3.
①私たちの信仰の告白を堅く保つとはどういう意味ですか。私たちは一般に、どんな事柄に対して、私たちの信仰を堅く保たないのでしょうか。ここに書き出して悔い改め、あなたの告白を忠実に実践しましょう。


M4.
①あなたが受けたばかりの恵みをだれに分かち合いますか。


【教え】
私たちの信仰で、いつも弱くなるように思える事柄は何ですか。私たちは感情(感覚)で歩むとき、疑うようになり、神様の約束を見ようとしなくなります。感情は私たちを疑い深くさせる傾向があります。しかし、神のみことばは何と言っているでしょうか。私たちの信仰の告白を堅く持ちなさい。十字架で成し遂げられた私たちの大祭司キリストに対して、私たちがどんなことでも信仰の告白を堅く保つならば、神様が力強く働いてくださいます。癒しについて神様が言われていることを根気強く告白しましょう。

 ・もし、あなたが「彼は私たちの弱さと病を負ってくださった」と信じるなら、その告白をずっと長く堅く保ちましょう。
 ・もし、私たちが「あなたの中におられる御霊が、この世の霊よりも大きい」と信じるなら、その告白をずっと長く堅く保ちましょう。

キリストの働きに対して堅く保ちなさい。もし私たちが堅く保つならば、キリストの働きが起こるでしょう。なぜなら、キリストはすべてのことを成し遂げ、代価を払ってくださったからです。もし、私たちがみことばのとおり告白するならば、私たちの大祭司は行動を起してくださるでしょう。さらに、私たちがどんなことでも、みことばに反するようなことを告白するならば、そのことも起こるでしょう。その場合、そのことが起こるためにサタンが招かれるでしょう。

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第40日目 私たちの告白する私たちの使徒であり大祭司(第6週目)

みことばの学び ヘブル4:14-16、3:1(暗誦聖句:箴言4:20-22
[ 4 ]
4:14 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。
4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
4:16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

[ 3 ]
3:1 そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。


M1.
①あなたは神の約束を握っていますか。神の約束を握り続けましょう。


M2.
①大祭司は私たちにとってどのような方ですか。(ヘブル4:14-15)

②もし私たちが助けを必用とするとき、私たちの大祭司を通して何を受けることができますか。(16節)

③私たちの大祭司はどのような条件を通して働いてくださるのですか。(ヘブル4:14,3:1)
  a.私たちの「        」を堅く保とうではありませんか。
  b.私たちの「     」する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。


M3.
①私たちの使徒であり大祭司は、私たちの告白に基づいて、行動を起してくださるのです。私たちの使徒であり大祭司が行動を起すために、私たちが告白すべきみことばを見つけましょう。ここに書き出して、それを練習しましょう。


M4.
①きょう受けた恵みを他の人に熱心にお分かちしましょう。


【教え】
多くの人たちは告白の意味を理解していないため、癒しを受け取ることに失敗しています。「告白」と言うことばは、ギリシヤ語から来たもので、「同じことを言う」という意味があります。私たちの人生に神様の力が現れるために、神様が癒しについて言われた同じことを、私たちは言い続ける必要があります。もし神様が「キリストの打ち傷によって、あなたがたは癒されたのです」と言われたならば、同じことを告白しなければなりません。みことばを告白することがなぜ重要なのでしょうか。ヘブル3:1に、「私たちの告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい」とあるからです。それはどういう意味でしょうか。キリストは、私たちの聖書的な告白に基づいた私たちの大祭司と同じようになってくださるでしょう。それゆえ、だれかが、「キリストの打ち傷によって、私は癒されたのです」と言うとき、私たちのその行動によって、直ちに、私たちの大祭司であり使徒になってくださるのです。その結果どうなるでしょう。私たちはおりにかなった助けを受けて(ヘブル4:16)、私たちは恵みによって癒しを受けるのです。私たちはどんな告白をすべきでしょうか。聖書のみことばです。「私は彼にあって完了した」と告白するのです。「あなたは私を癒してくださった主です」と告白しましょう。私たちの大祭司は「主はどんなことからも、私たちを贖って下さった」と、告白するときとても喜んでくださいます。彼は「あなたの打ち傷によって、私は癒されたのです」と言うとき、喜んでくださいます。

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第39日目 神の約束を握る(第6週目)

みことばの学び ヘブル10:35-39、6:11-12(暗誦聖句:箴言4:20-22
10:35 ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。
10:36 あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。
10:37 「もうしばらくすれば、来るべき方が来られる。おそくなることはない。
10:38 わたしの義人は信仰によって生きる。もし、恐れ退くなら、わたしのこころは彼を喜ばない。」
10:39 私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。

6:11 そこで、私たちは、あなたがたひとりひとりが、同じ熱心さを示して、最後まで、私たちの希望について十分な確信を持ち続けてくれるように切望します。
6:12 それは、あなたがたがなまけずに、信仰と忍耐によって約束のものを相続するあの人たちに、ならう者となるためです。


M1.
①神のことばを見て、瞑想することによって、主と絶えざる会話をし続けましょう。


M2.
①私たちの確信(信仰)に対する、神のアドバイスは何ですか?(35節)。その理由は?

②私たちが、神様が約束したものを受け取るための、最大の条件は何ですか?(36、ヘブル6:11-12)

③神様はいつ、ご自身の約束を果たすでしょうか?(37節)。ただ、どうしているべきなのですか?(38-39)。


M3.
①36節で述べられている忍耐とはどういう意味ですか?私たちは神様の約束を握りながら、どのような忍耐の練習をしますか?たとえば、あなたが、癒しの約束のために、待ち望んでいるとします。


M4.
①新しい経験を今週、出会った人に熱心にシェアーしましょう。


【教え】
アブラハムのように、人生において神様の約束が成就するのを忍耐して待った人は、だれもいないでしょう。アブラハムはそのことが成就するまで、25年間も神様の約束を真面目に握っていなければなりませんでした。その約束が成就するまでの間、アブラハムは何をしましたか?アブラハムは神に栄光を帰することにより、信仰を強く保ちました(ローマ4:19-20)。彼は神様を賛美し、あがめている間、その約束を見上げ続けました。彼は神の声(みことば)に聞き、そして彼の心にとどめておきました。私たちは神様の約束のゆえに、神様を賛美することを継続しなければなりません。神様を絶え間なく賛美しましょう(ヘブル13:15)。もし、私たちが諦めないならば、神様の約束は成就されるでしょう。思い出してください。神様の約束に注意を向け、見続けた人が、その肉体に癒しを受けました(箴言4:21)。「注意を向ける」ということばは、絶え間のない時間を暗示しています。また、あなたの目をそらさないことは、絶えず見ることを暗示します。私たちが私たちの勤勉を示したとき、神様のすべての約束、私たちの人生に対するすべての約束が成就するでしょう。思い出してください。ユダヤ人が猛毒の蛇にかまれたとき、神様はどのように癒されたでしょうか。彼らは青銅の蛇を見上げる必要がありました。青銅の蛇とは、神様の約束を成就したキリストのイメージです(民数記21:9、ヨハネ3:14)。

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第30日目 神を喜ばせること(第5週目)

みことばの学び ヘブル11:1-6(暗誦聖句:Ⅰテモテ4:8
11:1 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。
11:2 昔の人々はこの信仰によって称賛されました。
11:3 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。
11:4 信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています。
11:5 信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました。神に移されて、見えなくなりました。移される前に、彼は神に喜ばれていることが、あかしされていました。
11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。


M1.
①きょうのみことばが理解できるように祈りましょう。


M2.
①あなた自身のことばで信仰の意味を表現してください。(1)

②もし、だれかが信仰を持っているなら、どうしてそれが分かりますか。(3)
 つまり、信仰を持っている人から、何が分かりますか?

③神の約束は成就すると証ししている大勢の証人がいます。この証しをしている人たちはどのような人たちですか?(2)
また、以下の人によって、どのような証しがなされていますか?
a.アベル(4)
b.エノク(5)信仰のゆえに?何が神を最も喜ばせましたか?私たちが神のところに来るとき、私たちの態度はどうあるべきですか?(6)

M3.
①以下のあなたの分野において、神の約束を見出し、しっかりと握りましょう。
a.家族  b.仕事  c.奉仕、特にあなたが問題を経験したとき。


M4.
①最低でも一人に、きょうのディボーションで受けたことを分かち合いましょう。


【教え】
 あるとき、息子の誕生日に最高のプレゼントをあげたいと願っていた父親がいました。何が最高か考えたあげく、BMXの自転車を息子に買ってあげることに決めました。父親は、自転車を買って、それを会社の倉庫にしまっておきました。それから父親は息子と会話をし始めました。父親は息子が本当にほしい物を知るために質問をし始めました。息子はたくさんのチョコレートとキャンディーが欲しいと答えました。最後に、父親は息子に第一に必要なものは、チョコレートやキャンディーではなくて、自転車であることを説明しました。なぜなら、息子は遠くの学校までいつも歩いていたからです。突然、息子は悟って、「お父さん、自転車が必要だったことを忘れていたよ」と言いました。その日、息子はBMXの自転車を願い求めました。父親はただちに息子に告げました。「私は自転車を買ってあるが、それは倉庫に保管してある。息子よ、明日それを家に運んでくるから私を信じるんだよ」。それが信仰です。祈りとは、まだ存在していないものを願い求めることではありません。信仰による祈りとは、存在しているもの、しかし、天国の倉庫に保管されているものを願い求めることなのです(エペソ1:3)。天の父は、天国の倉庫にあるものを願い求めるために、聖霊を通して私たちに確信を与えてくれます。信仰とは神が霊的な領域において創造された出来事を見るための能力なのです(ヘブル11:3)。敬虔とは何か。敬虔になるとは、神様があなたのために創造されたものを発見するためのプロセスなのです。つまり、創造されたものが、天国の倉庫(霊的領域)から現実の世界(自然の領域)に移動されるまで、焦点を当て続け、あきらめないということです。そのプロセスが敬虔と呼ばれるのです。敬虔になることの中に約束が含まれていることを忘れないように。

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第12日目 新約聖書の神の宮のために新しい想像がある(第2週目)

みことばの学び ヘブル8:8-12(暗誦聖句:ローマ12:1-2
8:8 しかし、神は、それに欠けがあるとして、こう言われたのです。「主が、言われる。見よ。日が来る。わたしが、イスラエルの家やユダの家と新しい契約を結ぶ日が。
8:9 それは、わたしが彼らの先祖たちの手を引いて、彼らをエジプトの地から導き出した日に彼らと結んだ契約のようなものではない。彼らがわたしの契約を守り通さないので、わたしも、彼らを顧みなかったと、主は言われる。
8:10 それらの日の後、わたしが、イスラエルの家と結ぶ契約は、これであると、主が言われる。わたしは、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
8:11 また彼らが、おのおのその町の者に、また、おのおのその兄弟に教えて、『主を知れ。』と言うことは決してない。小さい者から大きい者に至るまで、彼らはみな、わたしを知るようになるからである。
8:12 なぜなら、わたしは彼らの不義にあわれみをかけ、もはや、彼らの罪を思い出さないからである。」

M1.
①いつでも、霊(異言)によって祈り、霊において神様と交わりましょう。

M2.
①神様によってどのような契約が結ばれましたか(8)。ユダヤ人の弱さは、古い契約を重んじたことですか?(9)なぜ、ユダヤ人は失敗したのですか?

②神様は、私たちが従うことができるために、新しい契約において何をなされましたか(10)。

③新しい契約のゆえに、どうなりましたか?(11)
新しい契約において、主はさらに何をされるでしょうか?(12)

M3.
①新しい契約のライフスタイルとは心を用いることであり、神のことばについて考え、それを瞑想することです。私たちの心を神のみことばの想像で満たすための実際的なステップを書いてみましょう。

M4.
①きょうの祝福をだれに分かち合いますか?

【教え】
古い契約においては、イスラエルの民は、未だ新しくなっていない心と思いのゆえに、従うことができませんでした。新しい契約においては、神様は神のことば(律法)を私たちの心と思い(想像)にお書きになりました。それゆえ、信じる者は神に従うことができました。なぜなら、従順は内から来るものであり、外からの圧力によってではないからです。それでは、私たちはどのように応えるべきでしょうか。新しい契約のライフスタイルを生きるために、私たちは何をすべきでしょうか?私たちは主が私たちのうちに設置された神の声と継続的に交わることが必要です。私たちが神のみことばを聞くときは、神のみことばがいつでも私たちの心と思い(想像)に植えられるのです。私たちの側の責任は、すでに植えられた神のみことばを、柔らかくて従順な心で受け入れ、受け取ることなのです。柔らかくて従順な心とは、「整えられたいと願い、すなおに受け入れる心」という意味です。

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